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焼肉店(牛肉)にある小松菜でも利用できるキムチの役割とは?

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ご覧いただきありがとうございます。

今回は、焼肉店にある「キムチ」についてご紹介になります。

小松菜でもかまいませんが、キムチは焼肉店ではなくてはならいないものではありますが、何故このような一品があるのでしょうか。

その真意について記載していきます。

消化を手助けしくれるキムチは、「漬物」の総称

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キムチは焼肉セットで普及した食べ物であり、焼肉料理の「主役」といもいえる存在です。

食欲をそそる辛い味は、焼肉、ご飯をおいしく食べさせてくれるだけでなく、消化もよくしてくれます。さらに、健康大いに役立っています。




キムチの歴史

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キムチとは、漬物の総称です。そして今、種類は非常に多いものとなっています。

キムチはいつ頃から食べられてこられたのでしょうか。

今日私たちが目にしている。赤いトウガラシの彩りが鮮やかなで辛い味が特徴といえるキムチは、古くからあったものではありません。せいぜい200年ほどの歴史といえます。では、それ以前にキムチはなかったのだろうか。

キムチのような野菜を保存する目的で漬けられた食べ物を考えたのは、人が濃厚を営み、野菜を栽培し、冬を乗り切るための保存食(貯蔵)としては察しがつきますが、いつどこで始まったのは明確ではありません。冬を過ごさなければならないところには、「漬物」類が見られます。

中国に「菹(そ)」という漬物がありました。この食べ物が、現在の漬物と同じなのかどうかまでは定かではありませんが、これが記録されている約3000年前の文献とされる「詩経」が、キムチのルーツらしきものを著した最初の書だろうと考えられています。

一方、朝鮮半島の食生活に発酵、醸造食品があったことが「魏志」東夷伝に記されて「高句麗善醤醸」によって確認されています。これは高句麗の人はしょうゆの系統の食品を上手につくるということを意識するが、しょうゆ、塩辛、キムチなどの発酵食品を指すものと考えてよいでしょう。

野菜類を塩につけることを具体的に記録した文献で「東国李相国集(13世紀)」の詩のなかには、瓜(うり)、茄(なす)、菁(かぶら)、葱(ギ)、
瓢(ふくべ)の6種類の野菜が漬物に利用されたことが記録されています。

菁の説明には、醤につけ夏に食べるとあり、現在の韓国で「醤(チャン)アチ」とよばれるものを指しています。塩漬けにしたものは冬に備えるものとしており、現在のキムチの原型になっています。まだトウガラシは朝鮮半島に伝来していません。

14世紀の「山村雑詠」とういう詩には、野草の蓼(たで)(辛い味がする)をもちいた菱(ひし)の塩漬けがみられます。辛み成分の保存効果を期待して使用されていたとみられます。

このように塩をした保存食品に蓼のような辛い味のするものを使っていたことは、のちにトウガラシを漬物に使用する伏線になっているとみてよいのでは
ないでしょうか。キムチのトレードマークといえるあの赤くて辛いトウガラシは、それから300年後に伝わっています。

韓国慶尚北道英陽郡石保面院理洞の名門李家には、1670年頃に編さんされた「飲食知味方」が保存されていた。李時明夫人の張氏(1598~1680)が、自分のつくっていた各種料理類の作り方を細かに記し、嫁ぎ行く一家の女性たちに、書き写させて持たせたものです。1959年に世にでた貴重な書です。

これに各種の漬物がでてきますが、注目すべきことにキムチづくりの材料に唐辛子は一切みられません。

これは、朝鮮半島に伝来したは1600年前とみられていますが、一般的に普及するにはかなりの時間がかかったこと、また、キムチの香辛料としてもなかなか取り入れなかったことを意味しています。

こうしてみると、キムチつまり漬物類はかんり古くあったが、野菜類に塩をして、ニンニク、ショウガ、蓼、山椒などがあわせられるのが主だったとみてもよいのではないでしょうか。

キムチ文化

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現在のように種類が豊富なキムチがみられるようになるのは、食生活が多様化する朝鮮時代の後半である18世紀の半ば頃からとされています。

農業書である「山林経済」にトウガラシの栽培法が初めてみられます。この書を1766年に補ったものに、キムチと唐辛子を使う漬物がでてきます。

葉つきの大根に海藻、かぼちゃ、ナスなどの野菜とともに、トウガラシ、山椒、芥子(からし)などを混ぜ、ニンニク汁をたっぷり加えて漬けています。現在の、総角(チョンガツ)キムチとよばれるものです。

このほか、水分たっぷりの水キムチとよばれる冬沈(トンチミ)、ハクサイキムチ、ナスのキムチ、アワビ入りのキムチ、牡蠣入りキムチなど、今もあるキムチがほとんどですが、この書からみられます。

ソウル地方の年中行事をつづった「京都雑誌」(17世紀末)には、アミの塩辛汁のスープに大根、ハクサイ、ニンニク、トウガラシ、サザエ、アワビ、イシモチなどを瓶(かめ)の中で混ぜ合わせ、冬を過ごさせたものの味が良かったとしています。

このころから各種の野菜、香辛料、とりわけ唐辛子を使うキムチ類の数が一気に多くなり、キムチ文化が始まりました。

キムチの呼び名

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「キムチ」の意味とは何ですか?

「林園一六志」には92例の発酵食品を大きく4グループに分類しています。そのそのグループとは、①醃蔵(オムジャン)(菜の塩漬け)②食醢(シッケ)(馴れずし型の漬物)③虀菜(セイ)(薬味を添加した漬物)④菹(ソ)菜(トウガラシなどを使うキムチ)です。

現在のキムチ類がこのころの「菹菜(チョチェ)」と表記されていたことになります。この菹菜という語が「沈菜(チムチェ)」に変わりますが、このチムチェがやがてチムチになり、さらにキムチとなっていきます。

今でこそ漬物や保存野菜をキムチと総称していますが、もとは発酵食品の漬物類の一種であったわけです。しかし、このキムチが漬物類の主要な位置につくにいたって、キムチという呼称が漬物全体を代表するかのようになってしまっています。

ダイコン、ハクサイが収穫される晩秋は、キムチを漬ける季節です。

この期間はキムジャンチョルと呼ばれ、このキムジャンは「沈蔵(チムジャン)」の語からのものとされています。

宮廷の食料管理は記録にのこされていますが、高麗時代は「料物庫」があり、野菜とその加工食品を扱っていました。15世紀からの朝鮮時代になると「沈蔵庫(チムジャンコ)」に変わり、漬物類を貯蔵することを意味することになります。

この沈蔵(チムジャン)が沈蔵(キムジャン)となり、現在の「沈蔵節(キムジャンチル)」となったようです。

こうして「沈菜(チムチェ)」とよばれていたものが「沈蔵(キムジャン)」とともにチムがキムへと変化し、キムチやキムジャンと固定した
ものとみなされています。




まとめ

現在日本でも様々なものがキムチとして変わり、日本の食文化にもこういった発酵食品が様々あります。

その呼称とレシピは、長い歴史とともに培われてきました。調べ、学ぶほど先人たちの知恵と発想には常におどろかされています。

現在でも新たなものがでてきますが、やはりこの先人たちのレシピが必ず使われているのは確かであり、また新たな食文化とともに生まれ変わっています。

人々の食に追求には、すごさと驚きが隠されています。